リフレ嬢は普通の人生を送れない。普通の人生とは何か?




きゃしーです。

今日は祖母の家でのんびり過ごしています。





こうしておばあちゃん家でのんびりお茶を飲みながら文庫本を読んでいると、妙にリラックスできるんです。

私たちJKビジネスに携わる人間は、こうしたリラックスできる時間が定期的に必要なのではないでしょうか。

私たちは、普通に学校に通い、普通に恋愛をし、普通に就職する道を選びませんでした。

普通じゃない人生をこれから送っていきます。

しかし、普通の人生、って何でしょう?

私は「普通の人生とは何か」と訊かれたら、「あなたが普通の人生だと思うものですよ」と答えることにしています。

ネットを活用する私たちは、人間には多様な生き方があることを知っています。

新卒で入ったブラック企業での日々を耐え抜くことが賢くない選択であることも知っているし、レールから外れた人間が置かれる環境は厳しいけれどそこから人生を切り拓いていくことが決して不可能ではないことだって知っています。

そういった私たちに「普通の人生とは何か」と改めて問えば、結婚することが普通だとも、会社で働くことが普通だとも答えないでしょう。多様性を考慮に入れた上で回答してくれるでしょうからね。

けれども、漠然と「普通の人生」をイメージしてみてください。

「大学を出て、会社に就職して、そこそこの年齢で結婚して、子供ができて…」

そんな一連のテンプレートをイメージしませんか?

何が「普通」なのか、議論を始めたら際限が無いでしょう。「そもそも『普通』なんて存在するのか?」という、命題をぶち壊しにかかる議論が発生することも確実です。

TwitterやFacebookで同級生が普通に学校へ通い、普通に恋愛し、普通に結婚し、普通に就職しているのを見て「なんで私はこうなれなかったのだろう」と苦しくなったり悲しくなったり寂しくなったりすることはありませんか。

しかし私たちは「普通にこだわるから苦しいんだ」という事実に気付き、私たちが思う普通の人生を歩み幸せになれば良いのです。

私は大学で心理学を学びながら、JKリフレ嬢あるあるや合法JKナビの管理に携わっています。そしてJKMAXのオーナーを勤めています。地元大阪ではJKビジネスとは別業種のアルバイトもしています。

良い意味でも悪い意味でも普通の18歳らしく生きる事が出来ず、今のこの人生に悩んだり迷いを感じる事もあります。

3月に入り、合法JKナビの運営方針が大きく変わりました。これからどうしようかと考えながら、祖母の家で文庫本を読んでいます。隣でストーブに当たりながら編み物をしていた祖母に「おばあちゃんはどんなJKだったの?」と訊ねました。

この記事では、私と同じく普通に生きることができなかった私の祖母から聞いた話をご紹介させてください。


きゃしーの祖母は、父を戦争で失い、母と五人姉妹の極貧生活から抜け出したい一心で高校進学は諦め「いい給料が貰える」仕事だけを必死に探し続けました。「いい給料」には、それなりの労働が課せられることなど、まだ思い及ぶ年齢ではありませんでした。

「いい給料」を貰える仕事として見つけたのがバスの車掌です。バスの車掌は「発車オーライ」の掛け声とともに車内で切符を切り、乗客に停留所名を告げながら運転手に「停車」「発車」の合図を送ります。

地方都市であったため、路線は全て狭い未舗装の道路で、他の車との離合が困難な場所では、道幅の広い所までバックをしなければなりませんでした。車掌は素早くバスを降りて後方へ走り、笛を吹いて誘導をするのですが、舞い上がる砂埃に悩まされました。

砂利道をボッカンボッカン走る旧式のボンネットバスは毎日のようにパンクをするため、タイヤ交換は運転手と手分けしての作業です。私たちは鉄製の大きなジャッキをバスの下に据えて車体を浮かせ、タイヤのナットを外す。15歳にはかなり厳しい重労働でした。

常務終了後も車掌にはバスの清掃が義務付けられています。薄暗い車庫で泥まみれのバスの床を雑巾で拭い、窓ガラスの外側は小さな梯子を何度も昇降して磨き上げます。

かなりの時間と労力を要する清掃作業は業務時間とは認められず、今でいうサービス残業です。これが入社前に聞いていた「いい給料」の実態でした。

バスの車掌として働き始めて2年が過ぎた頃、急激な観光ブームが到来し、私は車掌からバスガイドへと転身することになりました。「発車オーライ」から「皆様、あちらに見えますのは…」のバスガイドになったのです。

新しい仕事にも慣れてきたある日、私が担当する団体客名を記したステッカーを目にした瞬間、思わず胸がズキンと痛むのを覚えました。ステッカーには「M高等学校修学旅行ご一行様」と書かれていたのです。

M高等学校は、私と中学で同級だった仲間のほとんどが進学した高校で、かつての友がかなり在学しています。歳月から考えても、乗客はまさしく彼女たちであるのが分かりました。

何という皮肉な巡り合わせかと嘆きながらも、現実には逆らえないとの思いから、私は制服にはいつもより丁寧にアイロンを当て、特にガイドの象徴である白い襟布にはしっかり糊付けをして業務に就きました。

バスに乗り込んできた同級生たちのセーラー服姿は何とも眩しく、私は唇を噛み締めます。しかし彼女たちはガイド姿の私に歓声をあげて近寄り「制服が似合う」「大人っぽくなった」「カッコイイ」など口々に屈託の無い声をあげ、異様な雰囲気のままバスは走り出しました。

「皆様おはようございまあす。本日ガイドを務めます私は…」

努めて平静を装う私に、後部座席の同級生たちは腰を浮かせ、興味津々の視線を送っていました。私はオープニングで披露するカラオケの18番、織井茂子の『君の名は』を歌いましたが、この日ばかりは声が上ずっているのが分かりました。

やがて目的地へ着き、生徒達が三々五々バスを降りてしまうと、初老の男性教師が柔和な笑顔で話しかけてきました。

「あなたは中学時代に生徒達と同級生だったそうですね。あの子たちはまだまだ子どものままですが、あなたはすっかり自立した社会人になっておいでで、とても生徒達と同年齢とは思えません。今日、あなたのバスに乗り合わせたことは、生徒達には何よりも良い勉強で、本当の意味での修学旅行になりました」

そう言って両手で私の手を包むように握り締めました。柔らかで温かなその感触は、折に触れ追い求めている亡き父を偲ばせたことから、私は訴えるような口調で答えました。

「私は皆のようにセーラー服を着て高校生になりたかったです。普通に生きたかったです」

彼は頭を小さく振り、諭すように言いました。

「あなたはセーラー服よりも、その制服が似合うと思いますよ。普通に生きている子たちには負けたくないという職業婦人としての凛々しさが漲っています」

その声は慰めではなく、心からの言葉のように思えました。


私は、話し終えた祖母に訊ねます。

「おばあちゃんは家にお金があったら普通にJKやりたかったって今でも思う?」
「思わないね。あの時の経験があってこその今があるから。今が幸せだから今のままの人生が良い」

普通じゃない人生を送ろうが、今が幸せならそれが1番良い。

祖母の話は、私に大きな励みを与えてくれました。




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